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徳島家庭裁判所 昭和56年(家)1006号 審判

申立人 乙山夏男

相手方 甲野五郎

右代理人弁護士 林伸豪

同 枝川哲

同 川真田正憲

主文

本件申立を却下する。

理由

第一  申立人は相手方が甲野太郎の推定相続人であることを廃除するとの審判を求め、その原因として、

一  申立人は太郎が徳島公証役場所属公証人遠藤政良作成昭和五四年第三、三二九号遺言公正証書によって遺言執行者に定めた者である。

二  太郎は昭和五五年一二月二〇日死亡して右遺言は効力を生じ、申立人がその遺言執行者に就職したが、太郎は右遺言で同人の五男である相手方につき推定相続人であることを廃除する旨の意思を表示している。

三  而して右廃除の理由とする事実は、相手方は大学卒業後も正業につかず、ゆすり、たかりによって身を立てており、長男一郎より事業資金として三〇〇万円を与えられているのに素行を改めず、かねて丙川はると言う七〇歳過ぎの老女と新宿方面で同棲して変態的性生活を送っていたが、相手方が三一歳であった昭和五二年四月二五日には同女を伴って帰郷してこれを妻と称し、太郎に対し強談威迫的に金銭を要求して警察の世話になったこともあり、その後も電話等で再三にわたって金銭の要求をなし、これを拒むと太郎の隣人や親戚の者に対し太郎の悪口を言いふらし、中傷する行為に及んだことである、と述べた。

第二  相手方代理人は主文同旨の審判を求め、

一  本件遺言公正証書は太郎の作成嘱託によるものではなく、仮に然らずとするも、長男一郎の強要により、太郎の真意に基づかずに作成されたものであって、いずれにせよ無効である。一郎は強暴な性格の持主であり、太郎所有の不動産に対する執着が強く、長年にわたって全財産を自己の名義にせよと要求して、暴力を振うことも一再にとどまらなかった。

二  而して相手方には太郎の言う廃除事由は存在しない。すなわち、相手方が一郎から事業資金三〇〇万円の提供を受けたことはあるが、その余の事実は全て虚偽である。仮に太郎と相手方との間に感情的な対立が存したとしてもこれをもって廃除事由に当たるものとすることはできない、と述べた。

第三  当裁判所の調査並びに《証拠省略》によると、本件遺言公正証書は太郎自ら公証役場に出頭して任意に作成嘱託したものであることが認められ、瑕疵なく成立したものであって、これを相手方主張の如き無効の証書であるとすることはできない。

第四  ところで、一件記録に徴すると、本件遺言公正証書には遺言執行者として申立人である乙山夏男の他に丁原秋男が指定されており、且つ遺言執行者のうち一人に差し支えがあって職務を執ることができないときは、他の一人が単独でこれを行うことができるとの条項(単独執行条項)が存在するが、本件は右二名の指定遺言執行者のうち一名のみの請求にかかるものであるから、数人の遺言執行者がある場合にはその任務の執行は過半数でこれを決する旨の民法一〇一七条の規定との関連において本請求の効力が検討されなければならない。

一  まず、申立人乙山が遺言による指定を受けて遺言執行者の就職の承諾をしたものであることは本請求の趣旨によりなんら疑問がない。然るに丁原が乙山と共同して本請求をするに至っていないのは、同人が右就職の承諾をして職務執行義務を負っているのに、例えば右単独執行条項に言う職務を執るについて差し支えが存するためなのか、或は又同人が未だ右承諾に及んでいないためであるかは、これを区別して論じなければならない。仮に前者の場合であるとすると、右の例によれば、丁原に関し職務を執るについての正当な差し支え事由が存するか否かがさらに検討されなければならないのに対し、後者の場合であるとすると、乙山の本件単独請求が右単独執行条項自体によって有効となることはないと解せられるからである。すなわち当裁判所の調査の結果によると、遺言者太郎と丁原との関係は丁原の妻が太郎の長女冬子の娘に当たるものであり、乙山との関係は太郎の長男一郎の妻が乙山の実妹に当たる関係であって、太郎は丁原及び乙山と別個に親交を持ってきていたものであるところ、太郎は本件遺言についてのみならず、その三年前に遺言した際にも丁原と乙山とを立会証人並びに遺言執行者として指定し、右両名もこれに応じておのおの公証役場に同行したことが認められるので、右単独執行条項が本件遺言公正証書に不動文字で印刷されていることに徴しても、右両名がともに遺言執行者として就職承諾をなすことについて太郎はなんら疑念を有しなかったものとしなければならず、他に特段の事情の認められない本件において、右単独執行条項は右両名の一方が未だ就職承諾をしない間における他の一方による執行を認めたものとは解せられないからである。

そこで丁原が本件遺言について遺言執行者に就職することを承諾したかどうかにつき検討すると、一件記録によれば、本件遺言公正証書は前述のように丁原らを立会証人並びに遺言執行者としてすでに作成されていた徳島公証役場所属公証人遠藤政良作成昭和五一年第一、一四八号遺言公正証書(第一証書という)における主として遺産相続に関する数項目の遺言内容すなわち長男一郎に対し遺産を包括して遺贈し、長女冬子と四男四郎には何物も相続させず、相手方である五男五郎に対しては同人の更生を条件として遺産中鳴門市撫養町所在の貸住宅と敷地とを同人に贈与すべき負担を一郎に課するもののうち、相手方に関する右の一項目のみについて遺言を撤回し、相手方はこれを廃除する旨並びに第一証書のその余の遺言はそのまま維持する旨をうたったものであることが認められ、又丁原秋男に対する審問の結果によると、同人は本件廃除については前掲冬子の要求があれば請求をするつもりであるが、右要求がなされない以上自らはその請求をする意思がないこと、然しながら第一証書におけるその余の遺言内容、殊に冬子と四郎とには何物をも相続によって取得させないとする点についてはすでに乙山とともに説得の労をとってそれぞれその旨承諾せしめたものであることを認めることができる。而して右各事実によると、第一証書と本件遺言公正証書とがその作成の形式上おのおの別個独立の遺言公正証書であることは当然であり、且つ本件廃除の意思表示が本件遺言公正証書において初めてなされたものであるところから遺言内容の点についても両者がそれぞれ独自性を有することは明らかではあるが、それでも、相手方に対しては相続によって直接には何物をも取得せしめないとする点において両者の間になんの相違もないこと、ともに丁原等を立会証人並びに遺言執行者として作成嘱託がなされたこと等に照らすと、両者は補完的関係にあって実質的に一体をなす存在であると解することができ、ひっきょう遺言執行者としての就職の機会も各人につき一個と言うのが相当である。それ故丁原が相続人に対し特定事項すなわち本件廃除については就職を引受けない旨の明示的な留保をした事実の認められない本件において、丁原は冬子及び四郎に対する前掲説得行為をなすことにより、廃除に関する本件遺言を含めて、遺言執行者としての就職承諾をしたものと解するのが相当である。

二  而してすでに認定したように、丁原が乙山と共同して本件請求に及んでいない理由は、遺言執行者として就職したものの、現時点では右請求をなす意思を有しないとする点に存するところ、かかる事由は前掲単独執行条項に言う職務を執るについて差し支えが存する場合には当たらないと解すべきである。それ故本件は二人の遺言執行者があって、且つそのいずれか一人が単独で職務を執ることができる旨の遺言者の別段の意思表示がある場合には当たらないのに、その任務の執行につき可否同数となって決の採れない場合である。かかる場合法律によって裁判所に課せられた任務は廃除の請求に及ばない丁原について利害関係人からその解任の請求があり、或は同人から辞任の申出があって、これに正当事由が存すれば、さらに利害関係人の請求をまって、これに代る遺言執行者を選任することであって(民法一〇一九条一、二項、一〇一〇条)、それ以上でもなく、それ以下でもない。それ故、右の法定手続による補正がなされない以上、本件単独請求は有効な請求とは解せられない。これについて、共同遺言執行者は各自単独の執行権を有するところ、可否同数のときは右執行権に制限を付し得ないから、結局本件の場合単独執行の効力を認むべしとする見解があるが、右のように選任遺言執行者による廃除の請求の手続が用意されていて、右手続による請求のなされる可能性があるのに、なにゆえそのための手続を全て省略してまで直結的に単独執行の効力を承認しなければならないか、疑問なしとしない。さればと言って、右の見解によって単独執行の効力が承認されるのは選任遺言執行者による請求がなされない場合に限ると仮定しても、かかる限定を付する合理的根拠はさらに存在しないであろう。或は又本件の如き場合には民法一〇一〇条を準用して、裁判所はさらに一名もしくは奇数名の執行者を選任することが許されるとの見解が存するが、同法条が利害関係人の請求をその選任要件としている点を無視することはできないと思料されるから、これによっても本件請求の効力を認めるに由ないことになる。ちなみに単独による廃除の請求が民法一〇一七条二項に言う保存行為に当たらないことは明らかである。

第五  以上のとおり、本件は二名の遺言執行者があり、その執行について可否同数であるのに、その一名のみの申立にかかる廃除請求であって、かかるものは、結局、不適法として却下を免れない。よって主文のとおり審判する。

(家事審判官 橋本喜一)

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